「いい香りだ!」 惑星フラウの宇宙空港に降り立った途端、オビ=ワンは息を吸い込んだ。 「そうですね。星全体が優しく甘い香りに包まれているみたいだ。まるであなたみたいに」 アナキンはにっこりと笑った。 「アナキン……」 オビ=ワンはぽっと赤くなる。 アナキンはさらりとこういうことを平気で言うが、アナキンのことが好きなオビ=ワンはそれだけでたまらない気持ちになってしまう。 二人の現在の関係は、友達以上、恋人未満といった所だ。 本当は、もう一歩踏み込みたいが、なかなかそれが出来ないでいる。 しかし、今回の任務は親善が目的で、深刻なものではない上に、滞在期間が長い。これを利用して、互いの関係を深めようと思っているのは、オビ=ワンだけではないはずだ。 オビ=ワンは傍らのアナキンの横顔を盗み見ながら、決意を新たに、こっそり拳を握った。 ――今回の旅で、アナキンともっと親しくなるぞ! フラウは銀河有数の果物の産地で、フルーツを使用したジャムなどの加工品はもちろん、香水や化粧品も生産していた。 フラウから、ジェダイ聖堂へ変わったオファーがあった。 和平調停や、危険な地域への探査など、テンプルへの依頼は多いが、今回は平和で豊かな星からだ。 で、その依頼とは。 「しかし、今回の依頼って……ジェダイがフルーツのイメージに合うんですか?」 「さあ? そうなのかも」 アナキンの顔ばかり見ていて、ちゃんと話を聞いていなかったオビ=ワンは、曖昧に答える。 「ようこそ、ジェダイの方々!」 広い空港をうろうろしていると、スーツを着込んだ一団がアナキンとオビ=ワンを見つけて近付いてきた。 「我々がフラウ政府、フルーツ外交担当官です」 中央の者が進み出て、名刺を差し出す。 「フルーツ、外交官?」 オビ=ワンが名刺を受け取ると、アナキンにも彼は名刺を差し出した。 「ええ。ホテルはすぐそこですが、まずは今回の依頼についてを、上の特別賓客室で」 促されて、二人は要人用のエレベーターに押し込まれた。
「CMというと……?」 企画書、とタイトルを付けられた書類はずっしりと重い。 「コルサントでも流しているのですが、御存じありませんか? 我がフラウはフルーツのブランドで有名なのです」 それは知っている。 そんなにテレビを好んで見る方ではないが、最近まで『母の日には、フルーツを!』というCMをずいぶん見せられた。 「テンプルの方から連絡がいっていると思いますが、夏に向けて爽やかな新CMを作成することになったんです。本当はもっと早くお越し頂きたかったのですが、長い任務に出られているとかで……」 その通りだった。 アナキンもオビ=ワンも、アウターリムの惑星探査に一ヶ月以上出されていた。 戻って来た途端、ろくな説明もされずに、ここへ送られた。 「しかし、ジェダイでも一番人気のあるお二人に出演してもらえるならと、皆、喜んでいるんですよ!」 「出演……」 オビ=ワンはアナキンの顔を見る。 「フラウのサマーCM出演のことは、ここへ来る前に知らされていましたよ?」 アナキンと今以上に『お近づき』になることばかり考えていて、書類にきちんと目を通していなかった。 どうせ、平和な星の親善外交だから、それほど大変なことはないとタカをくくっていたのだ。 「そ、そうだったな…!」 オビ=ワンは慌てて頷くと、話題を変えた。 「解りました、それで、どのようなスケジュールなんですか?」 オビ=ワンは企画書をぱらぱらめくりながら、先を促すが、絵コンテのページで手が止まった。 南国の果樹園で、つば広の麦わら帽子をかぶったオビ=ワンが、色とりどりのフルーツをかかえている。 そこへ、真っ白なスーツを着たアナキンが大輪の花束を持って現れる。 見つめあう二人。 走り出す、二人。 「一秒でも早く、撮影したいのが本音なんですが、お疲れでしょうし……」 「ちょっと待って下さい」 オビ=ワンはスケジュールの話をしている場合ではないと、絵コンテから目を離さずに言った。 「なんでしょうか?」 「これは、恋人同士という設定なんですか?」 オビ=ワンはアナキンのことが大好きで、アナキンもそうなのだが、残念なことに、まだ恋人とはっきり言うにははばかる程度の関係である。 「ええ。何か、問題でも?」 問題は大有りだった。 「あの、最後に抱き合ってキスしていますが……?」 同じページを見ていたアナキンも口を挟む。 そう。もちろん、二人はキスもしたことない関係なのだ。 「プロポーズするというシチュエーションです。二人はいつもこの果樹園でデートしていたんです。しかし、この日、いつもの時間になっても恋人が現れない。フルーツをかかえた腕も痺れてくる。そこへ、正装をした恋人が花束を持って現れる。ここで大声で『結婚しよう!』と叫んでもらいます」 「ええ!?」 オビ=ワンよりもアナキンが驚いて、絵コンテを凝視した。 しかしコンテには、セリフまでは書き込まれていない。 「二人は駆け出します。そして、抱き合い、キスをする。そして、最後にこのフレーズが入ります!」 担当者は、勢いよく書類のページをめくった。 『恋するフルーツ。フラウのサマーギフト』
オビ=ワンはドキドキしていた。 ホテルで少しだけ休んだが、撮影のことが気になり過ぎて、何も手につかない為、結局早く終わらせてしまうことにしたのだ。 そして、他の点はともかく、キスだけは辞退した。 「マスター、大丈夫ですか? やはり、ちゃんと休んでからの方が……」 着替え終わったアナキンが、セットの隅で緊張しているオビ=ワンの元へやってくる。 「あ、アナキン!」 オビ=ワンの声がひっくり返った。 「そ、その格好は………!」 行儀が悪いと知りながら、オビ=ワンはアナキンを指差してしまう。 「撮影用の衣装ですが、変ですか……?」 変どころの話ではない。 白いスーツ――ようは花婿の着用するタキシードだ――を着たアナキンの素晴らしさと言ったら、どう言葉にしたらいいのだろうか。 「ああ……」 オビ=ワンはふう、と大きく息を吐き出し、そのまま後ろへ倒れてゆく。 「わ! マスター!」 アナキンが慌てて、オビ=ワンを抱きとめた。 「やはり疲れが溜まっているんですよ。撮影は延期してもらいましょう」 心配そうに覗き込まれ、その瞳の美しさに目を奪われる。 どうしよう、アナキンが好きだ。 すごく、好きだ。 こんなに好きなのに、恋人の演技なんて、出来ない。 好きだからこそ、出来ないということもある。 いっそ、好きでもなんでもなかったら、もっと気軽に臨めたかも知れない。 他の誰かに変わってもらおうか? しかし、自分以外の人間がアナキンの恋人役を演じることになったら、それはそれで、我慢がならない。 「いや、やる」 延期なんてことになったら、オビ=ワンの代役を誰かがやるかも知れない。 それだけは阻止しなくては。 「そうさ、絶対に、私がやる!」 「は、はあ……」 急に気合いの入ったオビ=ワンを、アナキンは不思議そうに見つめていた。
撮影は砂浜と果樹園の2パターンだった。 まずは果樹園からで、むせ返る芳香の中、オビ=ワンはカラフルな南国フルーツを腕いっぱいに抱える。 オビ=ワンのセリフは殆どなかった。 ただ、悲しそうにし、最後に、嬉しそうに笑うだけだ。 だから、余計な音を拾わない為に、オビ=ワンの服――アナキンがタキシードなので、オビ=ワンはジェダイだということをアピールするために、ジェダイの装束になった――には、マイクがついていない。 「アナキン……」 オビ=ワンはアナキンが傍らにいないことに寂しさを覚える。 たとえ数十秒後に現れると解ってはいても、知らない果樹園に、ひとりぼっちで佇むのは少し寂しかった。 いつでもアナキンが側にいることに、慣れ過ぎていた。 「アナキン、早く来て……」 オビ=ワンは俯く。 フルーツはいい匂いだけど、アナキンの香りの方が好きだ。 彼は、夏の空のように爽やかで、クールな芳香をまとっている。 「オビ=ワン!」 俯いていたオビ=ワンの背後から、凛とした声が響いた。 「ア、アナキン……」 真っ赤な薔薇の花束と、アナキン。 「ずっと、あなたが好きだった……!」 「アナキン……ッ」 シナリオ通り演技をしているだけと解っているのに、オビ=ワンの鼓動は早くなり、目尻が熱くなる。 「あなただけを見つめていた! 僕にはあなただけだ! 一生あなたを守りたい!」 「……私も! 私もだ、アナキン!」 オビ=ワンは抱えていたフルーツを投げ出して、走り出した。 「オビ=ワン!」 アナキンも花を空へ投げて、走り出す。 「愛してる、オビ=ワン!」 アナキンが両腕を広げた。 「ああ、アナキン……っ」 オビ=ワンは、その腕に迷いなく飛び込む。 「結婚してください、オビ=ワン……あなたを、愛してる」 抱き締められた上に、囁かれ、オビ=ワンは腰砕けになる。 「……うん。する。お前と、結婚するよ……」 「ありがとう、オビ=ワン。マイ・マスター……」 そこでアナキンは、オビ=ワンの顎をとると、くちづけた。 チュ。 「あ……」 すぐに唇は離れたが、オビ=ワンは声が出ない。 「すみません、あまりあなたが可愛くて、我慢出来なかった……」 ――カット! そこで、声がかかった。 「やあ! 素晴らしかったよ、二人とも!」 撮影監督が叫ぶと、スタッフが一斉に拍手する。 どうやら、無事――最高の形で――二人は撮影を終えられそうだった。
「キスしてしまって、すみませんでした……」 まだ心臓がドキドキしているオビ=ワンに、アナキンが言った。 「いや……」 オビ=ワンは「いいんだ」と答える。 「最初の脚本ではそうなっていたんだ。仕事だから、気にしてない……」 本当は、すごく、気にしていた。 だって、アナキンが本当に好きだから。 「僕は、本気でした」 しかし、アナキンは真剣な顔で、そう続けた。 「え?」 「僕は、本当にあなたが好きで、キスしたくて、それで、我慢出来なかった」 「アナキン……」 オビ=ワンは心臓はますます早鐘を打つ。 「結婚、してください……これは、本気で、言ってます」 アナキンは胸に一本だけさしていた薔薇をポケットから抜き出し、オビ=ワンに差し出した。 「愛してます、オビ=ワン」 「アナキン……」 オビ=ワンはおずおずと、薔薇を手にする。 「私で、いいのか……?」 「あなたが、いいんです」 アナキンの顔が近付いてきた。 オビ=ワンは思わず、目をつぶる。 チュ。 チュ、チュ、チュ……。 何度も、啄むような、キス。 「私も、アナキン……」 くちづけの合間に、オビ=ワンは必死に言い募る。 ――お前を、愛してる……。
フラウのサマーCMは、銀河中に大きな反響を呼んだ。 御中元商戦はフラウの一人勝ちだと、5月から囁かれた。 それに、6月下旬からの『砂浜バージョン』が流れ始めると、確実なものとなった。 砂浜バージョンは、前回の果樹園バージョンで愛を誓いあった二人が、バカンスに訪れて、フルーツを食べるというもので、ようは『新婚旅行バージョン』だ。
「でも、本当にバカンスを用意してくれるなんて、驚きましたね」 フラウの高級リゾートホテルのプライベートビーチで二人はくつろいでいた。 「すごい反響だったらしいから、そのお礼だそうだ」 それに、しつこい取材を閉め出す意味もある。 「どっちにしろ、マスターと二人でバカンスに来られるなんて、幸せです」 にっこり。 アナキンの笑顔は、破壊力のあるハンサム顔でなされる為、オビ=ワンはその度に気が遠くなる。 「ああ、アナキン……」 くらり。 「マスター!? しっかりして!」 慌てて抱き締めるアナキンに、オビ=ワンは訴えた。 キスして。 そうしたら、きっと元気になるから。 ――イエス、マイマスター……。 アナキンは素直に頷くと、オビ=ワンにそっとくちづけた。
おしまいv |