〜 The age of the moon 4〜

 

 ダイニングにはいつもと異なる、時間帯にあったメニューがセッティングされていた。そのテ

ーブルにはもちろん、街の信頼を一身に集める神父クラーク・ケントの姿があった。そして、

私が席に着くと早速と言った様子で口を開く。

「こんばんは。ブルース。身体の調子はどうだい?」

あまりに普通に聞かれたため、私は何を聞かれたのかわからなかった。

「調子?」

「うん。昨日初めてだったろ?今日は身体が辛いんじゃないかと思って。どこか痛いところと

かはない?」

ようやく言わんとしていたことが飲み込めた私は、瞬時に顔が熱くなるのが分かった。

普通こういう事は聞かれるものなのか!?

「よ、余計なお世話だ!」

絞り出すように、やっと一言発したのに

「そんなことないよ!だって僕のせいだからね。連日尋ねるのは図々しいとは思ったけど、心

配で様子を見に来たんだ。」

どうやら引き下がりそうにない男に、仕方なく小さく告げる。

「大丈夫だ。」

「本当?なんだか入ってきた時、顔色が良くない気がしたけど。」

「大丈夫だと言っているだろう!しつこいぞ!!」

私がたまりかねて叫んだ時、スープと共にアルフレッドがやってきた。

「随分と仲がよろしいようで。いつの間にお二人はお近づきに?」

私たちの様子を見たアルフレッドは、幾分か驚いたようだった。確かに、昨晩の出来事のせ

いで、昨日に比べると口調もくだけているし、態度も近しいものになっている。

「そ、それは・・・」

本当の事情など話せるわけもなく、口ごもるしかない私に助け船が出される。

「昨晩、あの後すっかり意気投合したんだ。こうして来てるのもそのせいだよ。」

 先ほどまでの私の様子を知っているアルフレッドには、明らかに苦しい言い訳であり、有能

な執事も不信気な表情を隠せない。しかし本当の事情を話せない以上、どんな苦しい言い訳

でも頷くしかなかった。

 私が頷いてみせるとそれ以上の追究はなく、久しぶりに腕を振るったと思われるアルフレッ

ドの料理が次々と供された。

 クラークの旺盛な食欲に対し、私はあまり食欲がなかったが口に運ぶ手を止めるたび、ク

ラークが何かを言いたそうな顔をするため、無理矢理にもすべての料理を平らげた。

 食後のお茶を別室にセッティングした後、アルフレッドは先に休むと言って退室してしまい、

恐れていた二人きりになってしまった。お茶を飲んでとっとと帰れ、というわけにもいかない

が、無理矢理動かしていた身体は正直、そろそろ辛かった。全力で平静を装っていたが、存

外聡い男に気付かれてしまった。

「・・・やっぱり顔色が良くないよ。どこかつらいんじゃ・・・」

気遣わしげに言う男に、間髪入れず否定の言葉を紡ぐ。

「平気だ。」

説得力がないのがわかっていても、まさか彼にこの不調を訴えることなどできなかった。

頑なな私の態度に、彼の口からため息が漏れる。やっと諦めたかと気を許した時、いつの間

にか距離を詰めた男に、ひょい、と抱き上げられた。

「何をするんだ!」

女性のような抱かれ方に、羞恥と怒りが同時にわき上がる。ジタバタと暴れる私をもろともせ

ず、

「君は認める気がないようだから、実力行使だよ。ベッドに行こう。」

落ち着いた口調で告げられる。ベッドへと言われると、昨晩の記憶が甦り私は本気で抗っ

た。しかし、どんなに暴れてもビクともしない男に、あっという間に寝室へと連れて行かれ、ベ

ッドの上に下ろされた。すぐさまクラークと距離をとると、

「そういう態度をとられると傷つくな・・・。大丈夫、今日は何もしないよ。」

苦笑され、過剰な態度をとってしまったことが急に恥ずかしくなる。

羞恥から黙り込んでいると、

「それとも期待してくれたんなら、ご期待に添うようにするけど?」

イタズラっぽく笑いながら距離を詰められる。

「今日は満月ではない!私は血が欲しくないし、お前も男なんか抱きたくないだろう!?」

必死に反論するが

「僕は君ならばいつでも抱きたいけどね。まあ、昨日の今日で無理なことはしないよ。」

予想外の答えが返ってくる。なんて言おうか迷っていると、ベッドに寝かしつけられた。

「今日はとにかく休んでいた方がいい。僕はこれからもちょくちょくお邪魔するつもりだしね。」

「・・・・・・そんなにしょっちゅう来るつもりなのか。」

「まあね。他人ではなくなったことだし、図々しくお邪魔させてもらうよ。でも、今日はこれでお

暇するよ。それじゃあまた、ブルース。」

「他人じゃなくなったって・・・」

 私が反論の言葉を言い切らない内に、やってきた時とは異なり玄関からでなく、部屋の窓

から身軽に出ていった。ここが二階であるというのも、狼男である彼には関係ないことなのだ

ろう。あっさりと去った男に少々拍子抜けしながらも、やはり怠さの抜けていなかった身体

は、ベッドに横たわっている内に自然と眠りに誘われ、いつしか眠りこんでいた。

 とろりとした眠りに誘われた頭に浮かんだのは、また来ると言っていた男の言葉だった。今

日訪ねてきたのは意外だったが、次会うとしてもおそらく満月の晩だろう。そう考えるとわず

かに心が揺らいだが、それがどんな気持ちなのか私には分からなかった。

 

     *     *     *

 

 次に目が覚めた時には、再び空は暮れようとしており、自分が随分と眠り込んでしまったこ

とに気が付く。眠った時間の長さに比例して身体の方も随分軽い。未知の体験よるダメージ

はもうほとんど残っていなかった。すっきりとした目覚めに、伸びをしつつ身体を起こすと

「お目覚めになりましたか。お体の具合は如何ですか?」

部屋にいたアルフレッドが心配げに訪ねてくる。別に何ともない、と答えようとしたところで今

までこのようなことはなかったことを思い出す。

「・・・少し疲れがでただけで、もう何ともない。心配かけて悪かった。」

「そうですか。ケント様も帰りがけに、そのような事をおっしゃっていました。くれぐれも無理は

なさらないで下さい。」

 まだ幾分か心配そうな様子ではあったが、私がベッドから起きあがってみせると頷いて部

屋を出ていった。身支度を整え終わる頃には、おいしい朝食ができあがっていることだろう。

 それにしても、窓から出ていったはずなのにアルフレッドに言付けを残していくとは、案外器

用な男だ。神父として人をまとめることもある以上、それなりに立ち回れるのだろう。

 アルフレッドが用意した、身体に優しい朝食を食べ終わった時間はまだまだ宵の口で、未

だどこか心配そうなアルフレッドを安心させるため、私は久しぶりに街へと出かけてみた。

 街へ出ることなどここ数年なく、記憶にあるより随分と発展した街並みと、それらの灯りに

目が眩みそうだった。私は古風な闇色のケープで全身を纏い、頭もそのフードをすっぽりか

ぶっていた。できるだけ灯りのとどかない部分を選び、闇に溶けるように移動する。それでも

幾人かは視線を向けてくるため、目的のない放浪ではすぐに疲れてしまった。それなりに時

間もつぶせたし、そろそろ帰ろうかと思い始めた時、道の向こうから名前を呼ばれた。

「・・・ブルース!?」

驚きを多分に含んだその声は、ここ最近随分と聞き慣れたものだった。

はっきりとこちらを向いて呼びかけられたため、他の人の視線も私に集まってしまい、無視し

て逃げ帰ることはできなさそうだった。仕方なく歩み寄る。

「・・・・・・そうだ。クラーク、お前こそここで何を?」

「僕は街の集会によばれてその帰りなんだけど、君こそ街にいるなんてどうしたんだい?」

「いろいろ事情があってな。」

簡単なやりとりの間も、クラークの周りを囲む信者と思われる人々の視線が私に突

き刺さる。フードの中を覗き込むような視線に耐えきれなくなった私は、心の中で舌打ちする

とフードを取り去る。現れた私の顔になぜか周囲の人々が息をのんだ。闇の中に浮かんで

見えそうなほど白い肌が、畏怖の対象になっているのだろうか。フードをとったことを心底後

悔しつつ、この場を少しでも早く立ち去りたいと強く思った。・・・と俯く私の腕が強く引かれる。

引き寄せられ驚いて顔を上げると、クラークが私をかばうような形で立っていて、なぜか不機

嫌そうな横顔が見えた。私なんかと偶然にも会ってしまったことが、不愉快なのだろうか。そ

の顔は他のどの人々の反応より私の心に黒い影を落とした。ぎゅっと手を握りしめすぐ立ち

去ることを伝えようとしたが、先に口を開いたのはクラークだった。

「この人は、あの丘の上に立つ屋敷の主人ウェイン伯爵だ。お忍びで街を見に来たらしい。」

クラークの言葉に街の人たちから納得の声が漏れる。私に向けられる視線はそれでも減ら

なかったが、この場の空気は幾分良くなったようだ。ほっとして今度こそと思い、口を開きか

けたが、またもやクラークの予想外の言葉に先を越された。

「もう帰るのかい?ブルース。」

自分が言いたかったことを聞かれるなどとは思わなくて、私はただ頷くのがやっとだった。

「この辺はもうそろそろ物騒な時間帯になる。一人では危ないから送るよ。」

更に続いた言葉に私は目を丸くしたが、周囲の人はクラークに賛同し大きく頷いている。

「そうですよ、伯爵様。あんたのような人が、この辺を歩き回ったら危ないですだ。」

「んだ、んだ!あんたみたいなべっぴんさん、あっという間に身ぐるみはがされて売っぱらわ

れちまいますだ!」

口々に一人で帰ることを止められ、断るタイミングを逸してしまったため、クラークに送られる

ことになってしまった。吸血鬼を誰が襲うと言うのだろう?そもそも”べっぴん”とはなんだ?

展開についていけず、黙っている内に話はどうやらまとまったようだ。街の人々に別れを告

げたクラークと共に、馬を預けた場所へと向かう。偶然クラークも同じ場所に馬を預けていた

ため、そのまま二人で帰路についた。一応もう一度、送るのはいい、と断ってみたがクラーク

は聞く耳を持たなかったため、断るのは諦めた。

 屋敷へと向かう道を無言で馬を進める。いまだ不機嫌そうなオーラを醸し出すクラークに話

しかけることもできず、ぼんやりと道ばたに浮かびあがる草木の黒々とした影を眺めていた。

遠くに屋敷の灯りが見え始めた時、やっとクラークが口を開いた。

「ブルース今日はどうして街へ?」

「・・・お前のせいだ。」

「僕の?」

「お前がアルフレッドにしてくれた説明のせいで、私は病み上がり扱いだ。いつものように屋

敷にいては彼が心配しそうだから、あえて外出したんだ。」

「そうか。ごめん。」

最初口を開いた時の硬い口調とは異なり、柔らかくなったそれに今までの反動で、ついつい

文句を言いたくなる。

「だいたい私は街になど出たくなかったし、こっそり帰るつもりだったのにお前が声など掛け

るから、あんな風に見られる羽目になったんだぞ!」

先ほどの居心地の悪さを思い出すと、自然語気が荒くなる。

「そうだったんだ・・・ごめん。でも僕だってみんなが君に見とれてるのは、不愉快だったんだ

からおあいこだよ。」

なんだ、そんなことで怒っていたのか。しかしそもそもの要因が私には身に覚えがなかった。

「見とれる?何を言ってるんだ?」

「気付いてないの!?」

あの畏怖の視線に他に何が込められると言うんだ。だいたい、私の何に見とれるんだ?

思い当たることのない私が黙っていると、

「・・・やっぱり連れて帰ってきて良かった・・・。」

なぜか、深いため息をつきながら顔を覆うクラークにむっとして、睨み付ける。

「君は鏡を見たことある?」

「・・・馬鹿にしているのか?」

「こっちが言いたいよ。君の容姿は普通に魅力的なんだ。しかも、とびっきり。」

何を言っているんだ。この男は。

「何百年生きているのか知らないけど、よく今まで無事でいられたね。吸血鬼仲間に言い寄

られたりしたことないの?」

「親族以外の吸血鬼になど会ったことはないし、街に出る際はいつもあのフード付きケープ

だ。」

「それは幸いと言っていいのか悪いのか・・・。とにかく今度街へ出る時は僕に声をかけるこ

と。必ずだよ。」

「別に自分の身くらい・・・。」

「ブルース。」

低く静かな声に、なぜか頷いてしまった。

クラークの主張が否定されないまま、会話が終わったことは大変不満だったが、これ以上蒸

し返すのも最早面倒になり、無言で馬を進めていた。

が、先ほど気になったことをふと思い出し、どうしても知りたくなる。好奇心に負け沈黙をやぶ

ってクラークに尋ねた。

「クラーク、聞きたいことがあるのだが。」

「なんだい?」

先ほどの会話で機嫌が直ったらしい男は、いつものように明るく返してくる。

「”べっぴん”とはなんだ?」

しかし私の質問に対する答えは一向に帰って来なかった―――。

 


何百年も引きこもりしていたので、坊たまは箱入りです。

 

 




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